会社の金庫に眠るゴールドは、いざという時の備えとして心強い資産です。しかし「持っているだけ」では、事業の現金を生みません。もし、そのゴールドを売らずに、担保に入れて資金を調達できるとしたら——。実はそれは、特別な発想ではありません。「動産(不動産以外の物)を担保に資金を借りる」という仕組みは、世界では当たり前に使われています。本記事では、動産担保融資(ABL)の基礎と、なぜ日本でゴールドの担保活用が進みにくかったのか、そしてその壁がいま動き始めていることを解説します。

第1章:なぜ「持っているゴールド」は資金を生まないのか
法人がまとまった資金を必要とするとき、まず思い浮かぶのは銀行融資です。そして日本の融資実務では、長らく不動産担保と経営者の個人保証が中心でした。土地や建物を持たない会社、あるいは保証を避けたい経営者にとって、資金調達の選択肢は限られてきたのです。
その一方で、会社が持つ動産——機械設備、在庫、原材料、そして金(ゴールド)などの貴金属——は、担保としてほとんど活用されてきませんでした。価値のある資産を保有していても、それを裏付けに資金を借りられない。これは、保有資産が「死蔵」されている状態ともいえます。
ゴールドはその典型です。価格が安定的に評価でき、世界中で換金できる優良な資産でありながら、いざ資金が必要になると「売る」しか選択肢がない。売ってしまえば、値上がり益の機会も、資産分散の効果も失われます。「売らずに、使う」——その手段が動産担保融資です。
第2章:動産担保融資(ABL)とは何か
動産担保融資は、英語で ABL(Asset-Based Lending=資産を裏付けとした融資) と呼ばれます。不動産ではなく、企業が保有する動産や売掛債権などを担保に資金を提供する融資手法です。
考え方はシンプルです。借り手は価値のある資産を担保として差し入れ、その評価額に応じて資金を借りる。返済が完了すれば担保は解除され、資産は手元に戻ります。万一返済できない場合は、担保の処分によって貸し手が回収する——という構造です。
ABLが成り立つためには、いくつかの条件が要ります。
- 担保物の価値が客観的に評価できること:誰が見ても価格が分かる資産ほど、担保に向きます。
- 担保物が特定でき、確かに存在すると確認できること:「どの資産が担保なのか」が曖昧では、貸し手は安心できません。
- 第三者に対して「これは担保に入っている」と示せること(公示・対抗要件):二重に担保に入れられたり、知らぬ間に転売されたりしないための仕組みです。
ゴールドは、最初の「価値の客観性」では極めて優秀な資産です。問題は、後の二つ——特定と公示にありました。
第3章:日本で動産担保が広がらなかった「譲渡担保」と「公示」の壁
不動産には、登記簿があります。誰が所有し、どの抵当権が設定されているかを、公開された帳簿で誰でも確認できます。この「公示」があるからこそ、不動産は安心して担保に使えます。
動産には、これに当たる網羅的な仕組みがありません。動産を、占有を移さずに(手元や金庫に置いたまま)担保にする方法としては、長く判例の積み重ねで「譲渡担保」が認められてきました。この譲渡担保は、2025年に成立した「譲渡担保契約及び所有権留保契約に関する法律」(2025年6月公布、施行は公布から2年半以内=本記事の公開時点では施行待ち)によって、ようやく法律に明文化されます。ルールが整い、制度としては前進しています。
ただし、課題は残ります。譲渡担保を第三者に主張するための対抗要件は、長らく「占有改定」——外からは何も見えない観念的な引渡し——に頼らざるを得ませんでした。誰が担保に取っているのかが公示されないため、二重に担保へ入れられたり、事情を知らない第三者に即時取得(善意取得)されたりするリスクが残ります。
この弱点を補うため、2005年に動産譲渡登記制度が創設されました。動産の譲渡担保を、登記によって公示できるようにする仕組みです。ところが、この制度には大きな制約があります。
- 利用できるのは「法人」に限られる:譲渡人(担保に入れる側)が法人でなければ登記できず、個人や個人事業主は利用できません。2025年の法改正(整備法)でも登記制度は見直されますが、利用できる譲渡人を個人事業主まで広げる拡大は行われず、引き続き法人が対象です。個人事業主は、見えない「占有改定」に頼るほかありません。
- 即時取得のリスクが残る:登記をしても、現物に標識(ネームプレート)を付けるなどの対策をしなければ、第三者に善意取得されてしまう余地が残ります。標識が外され、要件を満たす第三者に売られれば、担保が消えてしまうこともあります。
- 評価とモニタリングの負担:動産には不動産のように確立した担保評価の手法がなく、担保物が確かに存在し続けているかを、貸し手が継続的に監視する必要があります。
- 「危ない会社」という風評:かつては譲渡担保の登記が経営不振のサインと受け取られやすく、利用をためらわせる一因にもなってきました。
こうした制約が重なり、動産譲渡登記やABLの活用は、制度創設(2005年)から20年を経たいまも限定的にとどまっています。2025年の法改正では、動産の特定方法の緩和や登記の存続期間の延長(10年→20年)といった利便性の向上も図られますが(施行待ち)、使える主体が個人事業主まで広がるわけではありません。価値ある動産を持っていても担保にしにくい——この構造が、日本の中小企業の資金調達の選択肢を狭めてきました。
ゴールドは、この問題の縮図です。価格評価は世界でも最も容易な部類の資産でありながら、「特定」と「公示」の壁ゆえに、担保としての活用が進んでこなかったのです。
第4章:「金庫に置いたまま担保にする」を実証する
ここで、前回までに解説してきた仕組みが効いてきます。
ゴールドを金庫から動かさずに所有権だけを移す——民法184条「指図による占有移転」をデジタルに実装したアウラムの技術は、売買だけでなく担保にも応用できます。金インゴット1本ごとを個体識別し、その帰属の状態を検証可能な形で記録できれば、動産担保の弱点だった「特定」と「公示」を、現代的な手段で補えるからです。ゴールドを金庫に預けたまま、それを担保に資金を調達し、返済すれば担保を解除する。この一連の流れを、改ざん困難な記録の上で実現します。
アウラムは2026年7月、この担保融資の流れをブロックチェーン上で記録・再現する技術実証(PoC)を実施しました。金庫に保管したままの金インゴットの所有権を担保として差し入れ、それを裏付けに資金(暗号資産)を貸し付け、返済とともに担保を解除するまでの一連の過程を、テスト環境上で検証するものです。これは技術的な動作と法的構成を確認するための実証であり、担保価格の評価や強制的な処分の方法は、実際のサービスでは提携する金融機関の方針に委ねられます。詳細はプレスリリースをご覧ください。
※ 担保価格の監視には、価格の妥当性を独立して検証する仕組み(オラクル)も組み込んでいます。詳細は別途、動産デジタル台帳の記事で解説予定です。
なお、このPoCは技術と法的構成の検証であり、いますぐ誰でもゴールドを担保にお金を借りられる、という段階ではありません。顧客のみなさまが実際にゴールドを担保に資金調達できるサービスの提供は、貸し手となる金融機関等との体制整備を経て、2027年以降を想定しています。法的な裏付けについては複数の弁護士の助言に基づく見解を確認しながら、慎重に準備を進めています。
まとめ
- ゴールドは価値が客観的に評価できる優良な資産だが、日本では「売る」以外に活かしにくく、保有資産が死蔵されがちだった
- 動産担保融資(ABL)は「売らずに、担保に入れて資金を調達する」手法。成立には担保物の〈価値の客観性〉〈特定〉〈公示〉が要る。ゴールドの弱点は特定と公示にあった
- 譲渡担保は2025年に立法化(施行待ち)されたが、その公示手段=動産譲渡登記は改正後も法人限定(個人事業主は不可)。即時取得リスク・評価/監視の負担・風評も重なり、創設20年でも活用は低調
- 個体識別と検証可能な記録は、この弱点を補いうる。アウラムは「金庫に置いたまま担保にする」流れの技術実証を実施。顧客向けの担保融資サービスの提供は2027年以降を想定し、清算等は提携金融機関の方針による
※ 本記事は一般的な制度解説および当社の技術実証の事実報告であり、個別の契約・事案の法的評価は約款や事実関係によって異なります。具体的なご判断にあたっては顧問弁護士等の専門家にご確認ください。
次に読むべき記事
本記事の前提となる「金庫から動かさずに所有権を移す」仕組み——その法理と技術実証の全体像は、「金庫から動かさずにゴールドを売買する——民法184条「指図による占有移転」入門」で解説しています。
担保の裏付けとなる「あなたの金があなたのものであり続ける」預け方の法的構造は、「特定保管と消費寄託——あなたの金は本当にあなたのものですか?」をご覧ください。
そもそも法人がゴールドを持つ意味——インフレ・為替への備えや資産分散の効果は、「法人がゴールドを持つ5つの具体的なメリット」で解説しています。
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