ゴールドの売買には、本来「引渡し」が必要です。しかし重い金塊を運ぶたびに、コストとリスクが発生します。実は日本の民法には、「物を金庫に置いたまま、所有権だけを安全に動かす」ための仕組みが、明治の昔から用意されています。それが民法184条「指図(さしず)による占有移転(せんゆういてん)」です。アウラムはこの仕組みをデジタルに実装し、技術実証を完了しました。その全体像を解説します。

第1章:なぜ「引渡し」が問題になるのか
動産(不動産以外の物)の売買では、所有権を第三者に主張するために「引渡し」が必要です(民法178条)。ゴールドなら、売主から買主へ金インゴット(金の延べ棒。「地金(じがね)」とも呼ばれます)を手渡すこと——これが原則です。
しかし、現物を動かすことには本質的なコストが伴います。輸送には警備が必要で、保険を掛け、受け渡しに立ち会い、移動のたびに盗難・紛失・すり替えのリスクに晒されます。そして買主も結局、受け取ったインゴットをまた金庫に入れるのです。「金庫から金庫へ、物理的に運ぶ意味はあるのか?」——これが出発点の問いです。
民法は、この問いに対する答えを既に持っています。「引渡し」には、物を実際に手渡す方法(現実の引渡し)のほかに、観念的な方法がいくつか認められており、その一つが本記事の主役、指図による占有移転(民法184条)です。
なお、観念的な引渡しの中には「占有改定(せんゆうかいてい)」という方法もありますが、これは外から何も確認できない「見えない引渡し」であり、ゴールドの取引で使うべきでない歴史的な理由があります。詳しくは「「預けたつもり」が消えるのはなぜか——豊田商事事件と預託法の40年」をご覧ください。
第2章:指図による占有移転——三者で完成する「検証できる引渡し」
指図による占有移転は、三者で構成されます。
- 売主(本人):ゴールドの所有者。保管を倉庫に任せている
- 保管者(占有代理人):売主に代わって現物を占有している倉庫事業者
- 買主(第三者):新しい所有者になる人
仕組みはシンプルです。売主が保管者に対して「以後、このインゴットは買主のために保管してください」と指図し、買主がそれを承諾する。これで法律上、引渡しがあったことになります。インゴットは金庫から1ミリも動きません。
ポイントは、この方法が占有改定と違って外形のある引渡しだということです。指図という行為が保管者に向けて発せられ、買主の承諾という行為が残る。関係者の間に、確認可能な事実の連鎖が生まれます。「貸金庫と倉庫はどう違うか——ゴールドの「置き場所」の法律学」で見た通り、この指図を受けられるのは「物を占有している寄託型の保管者」です。倉荷証券(くらにしょうけん)を使った商取引など、この仕組み自体は古くから実務で使われてきた、確立した法理です。
第3章:これをデジタルに実装した——技術実証(PoC)の中身
アウラムが取り組んだのは、この184条のプロセスをデジタル署名付きの検証可能な記録として実装することです。
具体的には、金インゴット1本ごとの所有権の帰属を動産デジタル台帳「AURAM」に記録し、売主による指図と買主による承諾を、それぞれ別個のブロックチェーン上のトランザクションとして、改ざん困難な形で記録します(現物を占有するのは保管者で、その占有を「以後は買主のために」と切り替えます)。個体識別のためのデータはハッシュ値のみをオンチェーンに置き、シリアルナンバーや原本写真等の生データはブロックチェーン外で厳格に管理します。
2026年6月、この仕組みを使って、金庫に保管したままの金インゴット1本について、売買に伴う所有権移転の過程をブロックチェーン上に記録・再現する技術実証(PoC)を実施しました。これは技術的な動作と法的構成を確認するための検証であり、実際の売買代金の決済は伴いません。詳細はプレスリリースをご覧ください。
- プレスリリース(PR TIMES):記事を読む
- プレスリリース(自社サイト):記事を読む
- デモ動画(登録から所有権移転までの実際の画面操作):動画を見る
- 第三者検証ガイド(アウラムを信用せず、誰でもオンチェーンで検証できる手順):検証ガイドを開く
法的な裏付けについては、当社は複数の弁護士の助言に基づく見解を有しており、その確認のため、経済産業省の「グレーゾーン解消制度」を通じて法務省への照会を行っています(本記事の公開時点では、回答を待っている段階です)。なお同制度は許認可制度ではなく、国が当社の事業を認可・推奨するものではありません。照会の内容と詳細は、プレスリリースをご覧ください。
第4章:売買の先にあるもの
この仕組みが動くと、売買以外の扉も開きます。たとえば担保です。ゴールドを金庫に置いたまま、それを担保に資金を借り、返済すれば担保を解除する——この一連の流れも、同じ184条の応用(占有の移転)で実現できます。「保有するゴールドを眠らせず、事業資金に変える」という、アウラムが目指す世界の入り口です(この担保の技術実証についても、近くお知らせできる予定です)。
ここまでの4本の記事で見てきたことを、一行ずつ振り返ります。
- 預け方には所有権が残る形と移る形がある(特定保管と消費寄託)
- 「見えない引渡し」は40年かけて法律に封じられた(占有改定と預託法)
- 置き場所の契約構造で、できることが決まる(貸金庫と倉庫)
- そして、寄託型の保管と特定されたインゴットの上でなら、所有権だけを検証可能な形で動かせる(本記事)
「見えない引渡し」から「検証できる引渡し」へ。ゴールドという最も古い資産に、最も新しい記録技術を重ねる準備が、法律の面でも技術の面でも整いつつあります。
まとめ
- 動産の所有権を第三者に主張するには引渡しが必要(民法178条)。ただし引渡しには現物を動かさない観念的な方法が認められている
- 指図による占有移転(民法184条)は、売主の指図と買主の承諾で完成する「外形のある引渡し」。指図を受けるのは寄託型の保管者
- アウラムはこのプロセスをデジタル署名とブロックチェーン記録で実装し、技術実証を完了。法的裏付けは複数の弁護士の助言に基づく見解を有し、その確認のため法務省へ照会中(グレーゾーン解消制度。許認可制度ではない)
※ 本記事は一般的な制度解説および当社の技術実証の事実報告であり、個別の契約・事案の法的評価は約款や事実関係によって異なります。具体的なご判断にあたっては顧問弁護士等の専門家にご確認ください。
次に読むべき記事
預け方そのものの法的構造——預け先が倒産しても金が戻ってくるか否かを分ける違いは、「特定保管と消費寄託——あなたの金は本当にあなたのものですか?」で解説しています。
「見えない引渡し」がなぜ法律に封じられたのか——その歴史的背景は、「「預けたつもり」が消えるのはなぜか——豊田商事事件と預託法の40年」でお読みいただけます。
そして、指図を受けられる「寄託型の保管者」とは何か——置き場所の契約構造については、「貸金庫と倉庫はどう違うか——ゴールドの「置き場所」の法律学」をあわせてお読みください。
そもそもゴールドがなぜ「動かさずに売買する」価値を持つのか——その流動性をはじめとした基本特性は、「ゴールドとは何か——経営者が知っておくべき5つの特性」で解説しています。
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